三嶋一輝さんは、2012年のドラフト会議で2位指名され、横浜DeNAベイスターズに入団しました。三嶋一輝さんは150㎞/h中盤のストレートと2種類のスライダーを武器に、先発から中継ぎ、抑えで活躍していた選手です。
そんな三嶋一輝さんを襲った難病とは、何だったのでしょうか。
そこで今回は、三嶋一輝さんを襲った難病や復帰を支えた嫁や家族とのエピソードを紹介します。
三嶋一輝を襲った難病とは?
横浜DeNAベイスターズに入団したばかりの頃の三嶋一輝さんは、主に先発投手として起用され、2013年に6勝を上げるといった活躍を見せました。そして、2018年以降から三嶋一輝さんは中継ぎ投手に専念すると、60試合に登板し、7勝2敗15ホールド、防御率3.97を記録します。2018年~2021年は平均59.5登板しており、チームに欠かせない中継ぎとして活躍していました。
しかし、2022年に国指定の難病である胸椎黄色靱帯骨化症を発症してしまいます。では、この難病はどういった病気なのでしょうか。
背骨の靱帯が硬くなる!
三嶋一輝さんの難病である胸椎黄色靱帯骨化症は、背骨の「黄色靱帯」と呼ばれる靱帯が骨のように固くなってしまう病気です。そして、それによって脊髄の神経が圧迫され、下肢のしびれや脱力感、歩行困難を引き起こしてしまいます。
三嶋一輝さんの難病は、発症原因が不明で加齢や遺伝要素、糖尿病、肥満などが関連しているのではないかと考えられているようです。また、胸椎黄色靱帯骨化症は40代~50代以降の男性に多いとされています。
発症確率は4.5%⁉
三嶋一輝さんの難病である胸椎黄色靱帯骨化症は、発症確率が50歳以上で約4.5%だと言われています。この数字を見る限りでも、かなり珍しい病気であることが分かりますね。
そして、この病気を発症し、手術が必要となるケースは、10万人に1人程度とされています。
胸椎黄色靱帯骨化が難病とされているのは、靱帯が骨化してしまう原因や根本的な治療法が確立されていないことなどが理由であるようです。また、長期の治療が必要で、経済的負担が大きいからだともされています。
1イニングに9回トイレに
三嶋一輝さんの難病の症状を感じ始めていたのは、2022年1月頃からでした。その頃から左足に力が入らないといった症状があり、複数の病院で診断を受けた結果胸椎黄色靱帯骨化症であることが分かったそうです。
三嶋一輝さんは難病の影響で。投げるたびに嘔吐していたり、1イニングに9回もトイレに行くといった膀胱障害に苦しめられていたことが分かっています。
そして、2022年8月29日に都内の病院で切除術を受け、それ以降はリハビリを行っていました。
翌年に奇跡の復活
三嶋一輝さんは難病を患い、復帰するまでにかなりの時間を要しました。三嶋一輝さんが難病を乗り越え、マウンドに復帰したのは2023年3月5日に行われたオープン戦の対埼玉西武ライオンズです。
約10カ月ぶりにマウンドに上がった三嶋一輝さんは、1回を1安打に抑える活躍を見せ、奇跡の復活を果たしました。
ちなみに、復帰を果たした2023年は27試合に登板し、防御率4.84で3勝1敗6ホールドという成績を残しています。
2026年に引退
黄色靱帯骨化症という難病を乗り越えた三嶋一輝さんですが、2026年1月17日に引退することが発表されました。
2024年・2025年の三嶋一輝さんは、イースタンリーグで30試合近く出場し、安定した活躍を見せます。しかし、2025年9月24日に来季の戦力構想から外れたことが報じられ、本人は現役続行を希望していました。
ただ、その後にトライアウトなどを受けたといった情報はなく、引退することが発表され、現在はベースボール・チャレンジ・リーグの福島レッドホープスの非常勤投手コーチに就任しています。
三嶋一輝の復帰を支えた嫁や家族とのエピソードも紹介
三嶋一輝さんの難病の症状は、左足に力が入らず、それによって体のバランスが崩れ、右肩も痛めてしまうといった状況になっていました。他にも膀胱障害や嘔吐などといった症状を発症しており、日常生活を送るだけでもかなり大変だったと思います。
そんな状況の三嶋一輝さんを救ったのは嫁や家族だったとされていますが、どういったエピソードがあるのでしょうか。
野球だけを考えさせてくれた
2023年4月26日に行われた横浜DeNAベイスターズ対東京ヤクルトスワローズ戦、同点の7回にマウンドに上がった三嶋一輝さんは、3三振を奪い、チームの8連勝に貢献し、お立ち台に立ちました。
そして、その際に三嶋一輝さんは、嫁に対して感謝の言葉を伝えており、「絶対、大丈夫だよ」と励まし、野球だけを考えさせてくれたと明かしています。
三嶋一輝さんと嫁の間には、2人の幼いお子さんがいるので、不安なことも多い中でそういった言葉をかけてあげられるのは凄いことですね。
発破をかけ続けてくれた!
三嶋一輝さんのプロ野球人生は、順風満帆だったとは言い難いものでした。三嶋一輝さんは難病を患っていただけではなく、先発から中継ぎに配置転換されることもあり、当時は精神的に参ることも多かったそうです。
また、難病を患っていた頃の三嶋一輝さんは、苦悩の日々を送っていました。ただ、三嶋一輝さんは笑顔を見せていることもあり、その背景には嫁が常に発破をかけ続けてくれたことが大きいと明かしています。
三嶋一輝さんは負けず嫌いな性格であると言われているので、奥さんもその辺りのことを理解し、発破をかけていたのではないでしょうか。
同じ病気を苦しむ選手を励ましていた
プロ野球界には、三嶋一輝さんと同じ黄色靱帯骨化症に苦しむ選手がいました。同じ病気に苦しんでいたのは、中日ドラゴンズの福敬登選手です。
福敬登選手は最優秀中継ぎ投手を受賞するほどの選手でしたが、黄色靱帯骨化症に苦しんでいました。そして、リハビリ生活を続けている中で、三嶋一輝さんは福敬登選手に対して励ますメッセージを書いたボールを、中日ドラゴンズファンに投げ込み、自身の経験を伝えていたそうです。
まとめ
今回は三嶋一輝さんを襲った難病や復帰を支えた嫁や家族とのエピソードを紹介しました。
三嶋一輝さんは難病・黄色靱帯骨化症という壁を乗り越え、復活を果たし、同じ病気に苦しむ福敬登選手を励ましていました。
そんな三嶋一輝さんは非常勤投手コーチだけではなく、TBSやDAZNの野球解説者としても活躍しているので、引き続き応援していきましょう。










