広島カープの監督を務める新井貴浩さん。プロ野球界において多大な功績を残されてきた方ですよね。実は「新井貴浩」は本名ではないという噂が?また、奥様は元アイドルとする噂もありましたよ。
今回は新井貴浩さんの本名、奥様との馴れ初め、これまでの功績などについて調査しました!
新井貴浩の本名は?
新井貴浩さんは、実は在日韓国人二世。そのため、出生名は「朴貴浩(パク・グィホ)」というものでした。この名にも同じ「貴浩」という漢字字が見えますね。2004年6月に帰化されており、「新井貴浩」が本名ではないのかというと、まあこちらも本名ではあるのですね。
新井貴浩さんは1998年のドラフトでプロ入り、2002年に全試合出場を果たしていました。当時の所属チーム、広島カープの主力として活躍していた時期に帰化されているのですね。
新井貴浩の嫁は?
新井貴浩さんは2003年12月に結婚されました。奥様は大橋裕美子さん、実はフジテレビが主催、運営していたタレント育成講座「乙女塾」の6期生だった元アイドルなんです。乙女塾は1989年から1991年にかけて運営されていたそう。僅か2年、3年ほどの時間の中で、1期生から8期生まで、非常に多くのタレントがここから芸能界へ進んでいったのですね。
奥様も野球が好きで、「もし男に生まれていたら野球をやる」と話したというエピソードも。新井貴浩さんの職への理解は深かったのでしょうね。
二人の馴れ初めは
二人は共に駒澤大学に通っており、当時からの知り合いだったそうです。駒澤大学在籍中から交際がスタートしていたそうですよ。2003年、プロ5年目のシーズンオフに結婚されましたが、二人の交際期間は6年ほどにわたったとされています。
ちなみに、新井貴浩さんは2001年にキャリア初の100試合以上出場、2002年に全試合出場、28本塁打、打率.287でレギュラー定着感がありましたが、2003年は打率.236に留まるなど不振とも呼べるシーズンでした。少し落ち込んだシーズンのオフに結婚、気持ち新たに次のシーズンへと向かっていったのですね。
新井貴浩の功績
長年にわたって野球選手として活躍し、現在は監督を務める新井貴浩さん。その功績を紹介していきますよ。
日米大学野球で大活躍
駒澤大学4年時に新井貴浩さんは日米大学野球に日本代表の一員として参加。なんと打率5割を記録する活躍っぷりでした。4年秋のリーグ戦では打点王とベストナインを獲得しましたよ。
一方で大学通算ではリーグ戦60試合で打率.241、2本塁打に留まっており、守備にも課題があった新井貴浩さん、カープが6位で指名した際には驚きの声も多く上がっていたようです。どうしてもプロ野球選手になりたかったという新井貴浩さんのために監督やOBが話をまとめてくれたという情報もありましたよ。
オーナーに捧げるオールスター弾
2001年に124試合出場でレギュラー定着への足掛かりを掴んだ新井貴浩さんは、2002年に本格的にブレイクを果たします。その中でオールスターにも初選出を果たしましたよ。入団当初から目をかけてくれていた当時の球団オーナー、松田耕平さんにも、オールスター選出の報せは届きましたが、しかし松田耕平さんは同年7月10日に胃癌でこの世を去ります。新井貴浩さんは、直後のオールスター第2戦でホームランを放ち、インタビューで「じいちゃんから可愛がってもらったから恩返しをしなきゃいけないと思いました」と語りましたよ。
WBC日本代表に名を連ねる
2005年に43本塁打を放ちホームラン王、打率も3割を超えて一塁手部門でベストナインを獲得した新井貴浩さん。2006年のシーズン前に行われたWBCにも日本代表として参加しました。打席数は大会通して3つだったものの、安打、得点を1つ記録。世界一のメンバーの一員になりましたよ。
2007年には北京五輪のアジア予選を兼ねたアジア野球選手権大会で全試合4番、一塁手として出場。日本代表の五輪出場権獲得に大きく貢献しました。
プロ野球選手会の会長に
2007年オフに、深く悩んだ末にFA権を行使、絶対的な存在である金本さんを追って阪神タイガースへ移籍します。そして、2008年には通算1000安打を達成、自身初となるゴールデングラブ賞を一塁手部門で受賞しましたよ。
同年のオフ、新井貴浩さんは宮本慎也さんから日本プロ野球選手会会長職を引き継ぐことに。第7代日本プロ野球選手会会長となった新井貴浩さんは、特に2011年の東日本大震災の際にシーズン開幕延期を求めて奔走。また、被災地支援のために本塁打、打点に応じた義援金を贈るという活動も行いました。
カープに復帰してMVPを受賞
2014年オフにタイガースから大幅な減俸通告を受け、出番も減っていくという状況にあり、新天地を求めてタイガースを退団。結果、タイガースよりも遥かに低い年俸提示を即決で受け入れてカープに復帰しました。
タイガース最終年の打席数が194だったところ、カープ復帰初年度の2015年は480打席と大幅に増加、更に2016年は132試合出場513打席に立ち、19本塁打、打率3割でカープのリーグ優勝に大いに貢献。ベストナインの一塁手部門、そしてシーズンMVPを受賞しましたよ。
カープの監督に就任
3連覇の最後のシーズンとなった2018年をもって現役を引退した新井貴浩さん。そこから数年は解説者などとして活動していましたが、コーチ期間を経ずに2023年からカープの監督を務めることになりました。初年度の2023年シーズン、自身が引退した2018年以来5年ぶりとなるAクラス入りを果たし、2024年は8月終了時点で首位に立つなど、一時は優勝も狙える位置にいましたが、9月に失速してしまいCS出場も逃してしまいます。
以降、戦績だけでなく選手の不祥事などもあってカープは苦しい時期を過ごすことになります。2026年、新井貴浩さんは幾度にわたって球団に辞意を示していましたが、マツダ元オーナーは「一丸となって戦うには、新井しか思いつかなかった」と続投を要請しました。
出展:広テレ!NEWS
最後に
今回は新井貴浩さんの本名や嫁との馴れ初め、功績について紹介しました。5年目のシーズンに挑む2027年の新井カープ。様々な逆境に晒されながら、ファンのためにも戦う姿勢を崩すわけにはいきません。苦しいシーズンが続くカープの逆襲に期待したいですね!










